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社会的知能発生学研究会
第17回社会的知能発生学研究会開催報告
報告書詳細
平成18年度の第1回研究会(通算第17回)は,北海道大学の構内で行われた. 今回は北海道大学に所属されている2名の方を外部講師として招待し,昆虫における社会的適応行動の発現メカニズムや,進化心理学という観点からの社会的適応戦略の考察など,幅広い分野から社会的知能の発生について議論を行った. 初日の25日には,東京大学総括プロジェクト機構 講師の大武美保子氏によって、「統合失調症の認知神経モデリング ─ヒトの社会性の理解と支援を目指して─」というタイトルで内部講演が行われた。
意志作用感(sense of agency)とは,ある動作や思考などを,他人ではなく自分の意志によって為しているという感覚をさし,統合失調症患者はこの意思作用感が障害される.ある時は,自分の動作や思考が他者の意図によるものと感じ,また逆に,自分が制御していない事柄を自分が引き起こしたと感じることがある.本発表では意志作用感の障害を示す実験を説明可能な神経モデルの提案がなされ,また,その神経モデルを,神経細胞の挙動を扱うミクロレベルから,全身運動の計画を扱うマクロレベルまでを統一的に扱うマルチスケールシミュレータ上に実装するための技術的課題についての議論がなされた。
統合失調症の神経モデルの提案については,脳に存在する自他帰属性を説明するための運動野から頭頂葉ならびに小脳へ向かうフォワードモデルについて,過去の研究例が紹介され,意図や意志などをモデリングできない問題点などが指摘された.また,脳の各領域間の結合が弱まることや,それによって記憶と異なるパターンが想起されることによって症状が引き起こされるなどの仮説を考慮し,運動を開始するシステムが遠心性の信号のコピーを生成するシステムを活性化し,予測誤差を検出する部位を抑制する仮説モデルが提案された.これに対して,過大帰属,過小帰属,随意運動,不随意運動,の定義や実験の仕方,症状の例などについての議論がなされて,仮説に対する考察をかなりの時間を割いて行った。
また,この研究の技術的基盤となるマルチスケールシミュレータを構成するために,神経系のシミュレータであるNEURON(Yale大 Duke大)や,ソフトマテリアルのシミュレータOCTA(東大),筋骨格系の運動モデル等を,マルチスケールシミュレータのプラットフォームである, GROUMET上で統合するためのデータフォーマットの記述・変換法,および実装法が紹介され,ミクロスケールからマクロスケールまでを統一的に表現可能なシステムの例が示された。
これに対して,脳神経系の分野で用いられているBrainMLやNeuroML などの,XMLベースの記述にして,デファクトスタンダードをねらう戦略が考えられるのではないか,などの議論がなされた。
二日目の午前には,北陸先端科学技術大学院大学 助教授の橋本敬氏によって、「文法化の認知モデル構築による言語の進化と起源の考察」というタイトルで内部講演が行われた。
本講演は,言語学の一つトピックである言語進化に関して,文法化というプロセスの側面から考察する発表であった.文法化とは,動詞や名詞といった内容語が,助動詞や代名詞のような文法的機能を帯びた機能語になる意味変化である.例を挙げると,「I am going to ...」という英文におけるgoing は goという単語が機能語になっているというものである.これは日本語の「~していく」に相当し,文化や言語に依存しない人間の認知的傾向の普遍性を示唆するものである。
この現象は多くの言語で同型のものが見つかり,人間の認知構造が反映した言語(変化)現象と考えられるため,認知言語学において興味を持たれている.一方,文法的な語彙がない言語から現在のような様々な文法ができる過程を担うのではないかという考えのもと,言語の複雑化・構造化という言語進化の観点からも興味を持たれている。
このような文法化が生じるプロセスを,まず,生物学的進化と社会的進化の二つの時定数を持つ進化のダブルループ構造によるものであり,このループ構造の中で人間の言語に特有な特徴である複雑化,再帰性,超越化が起こるとする考え方が紹介された。
これをシミュレーションで考察するため,merge(複数の規則性の同時使用),chunk(同じ部分と違う部分を手かがりにして,対応関係を求めるプロセス),replace(規則性を見つけ出し,残りの部分をさらに新しい規則として見なす操作)の三つの要素を言語使用者の言語学習過程として導入した進化シミュレーションを通じて,文法化を含む意味変化が起きるためには,新たに発見した言語的ルールを,他の既存の言語的知識に対して拡大適用できる能力(これを,言語学的類推能力:linguistic analogyと呼ぶ)が重要であることが示唆された.また,内容語から機能語への一方向性を持つ意味変化が起きるために必要な意味空間の構造も示唆されている.このような結果から,エージェントの言語能力の進化のために,文法化という言語に特有で普遍的な現象が起きるのにはlinguistic analogy が大きな寄与をしている事が示された。
すなわち,言語以前の状態(pre-language)からlinguistic analogyによって初期言語(proto-language)が生まれ,構造化・文法化(grammaticalization)によって成熟した言語(full-fledged language)に到達したという仮説が成り立つ.このモデルについての議論がなされた. また,類推能力と言語操作能力のどちらが先に生じたのか,言語学的類推は一般の汎化が過度に起きたものとどう違っているのか,などの疑問が今後の課題として残されていることについての議論もなされた。
二日目の午後には,北海道大学大学院文学研究科 教授の亀田達也氏から,「人間の社会性と『規模の経済』-不確実性の集合的処理をめぐって-」というタイトルで外部講演をいただいた. 本発表では,心のデザインを明らかにする上で,個人の認知行動特性とマクロな社会文化パターンの間の動的な相互規定関係に注目することが極めて重要であるというアプローチから,マイクロ=マクロ・ダイナミクスというキーワードが提案された.すなわち,適応合理的な心を持つ人間と,その人間同士の相互作用が生み出すマクロパターンとしての社会文化とのダイナミカルなループ構造に着目するというアイデアである。
そのアイデアに基づき,人間の社会性を不確実性の集合的処理という観点で考察し,不確実性を低減させるための心的装置,社会・文化的装置のメカニズムを解明するという研究アプローチが紹介された.その例題として,平等主義(Egalitarianism)が取り上げられた. 資源を等しく分配すべきという平等主義は,社会の進化とともに獲得された性質であるという仮説の検証のために,社会的分配に伴うエゴイストの問題に対して,進化ゲームモデルに基づくシミュレーションを行った。
その結果,他人の狩りが成功して自分が失敗した場合に資源を奪うようなエゴイストの割合が 100%の状態からスタートしたとしても,急速に資源を分配する戦略を取るエージェントの割合が100%近くになる現象が確認され,平等主義者のみが進化的に安定解となることが確認された.また,労働量が同じでも報酬の獲得が不確実な状況の場合に平等に分ける傾向があることが分かった.また,個人的なイデオロギー(平等・実力)によらず,この傾向が安定的に優位に生じることが確認された。
このように平等主義は人間の本質のかなり深い部分に存在する概念であり,社会的な進化に伴って獲得された,不確実性のある状況に対する集団的な解法であることがわかる.しかしそれはまた,社会的な経済的行動は直近のローカルな経済環境に対して適応することを示す.実際に高学歴なグループと普通のグループの二つのグループにクイズを解答させ,その賞金をどのように分配するかという傾向を調査した結果,高学歴グループでは実力主義,普通のグループでは平等主義が選択された.これは親の持っている社会的背景が子供にも強い影響を及ぼす,というような社会階層の発生を説明することができるとの議論がなされた.またこれは,親が持つリソースを受け継いだのではなく,エコロジーを受け継いだという考え方が示され,社会構造によってエコロジー自体が再生産されるという考え方が示された。
この考えかたをベースとして,個人的な感情や高次な文化的な性質についても,社会進化的な側面から解明しようとするCOEプロジェクトについての議論もなされた。
引き続き,北海道大学電子科学研究所 助教授の青沼仁志氏から,「コオロギの社会的経験と行動変容」というタイトルで外部講演をいただいた。
青沼仁志氏は,文部科学省科学研究費補助金特定領域研究「身体・脳・環境の相互作用による適応的運動機能の発現 -移動知の構成論的理解-」(省略名称:移動知)において「社会適応グループ」の班長を担当されている方である.この特定領域研究の目指す研究テーマは,社会・環境・身体に応じた適応行動の発現にあり,本「けいはんな社会的知能発生学研究会」のテーマとも深く関わる内容である。
この講演では,特定領域研究「移動知」における「社会適応のメカニズム解明」プロジェクトが紹介され,本研究会の関係について議論された。
具体的なプロジェクトの研究内容として,コオロギの喧嘩行動・求愛行動における社会的経験と行動変容のメカニズム解明に焦点があてられ,一酸化窒素(NO)が社会的適応のための生理活性物質として積極的に用いられているという結果が紹介された.従来までにNOは昆虫の行動発現に深く関係することが知られており,生体アミンシステムをNOシグナル伝達系がコントロールしていることが解明されていた。
しかしながら,喧嘩行動の後に勝者と敗者の関係が記憶されるメカニズムについては不明な点が多かった.闘争行動を引き起こす因子となっているのは,オクトパミンとよばれる生体アミンであることが1995年に分かったが,青沼氏の研究により,NOによってオクトパミンの濃度が調整されているということが分かった.
これらの知見を基に,現在取り組まれているコオロギの喧嘩行動の工学シミュレーションプロジェクトが紹介された.行動観察によって出力された回避行動,喧嘩行動から,ブラックボックスとなっている内部構造を学習することをめざし,人工コオロギのモデルとして,wandering, avoid, fighting などを設定し,勝ち負けの記憶を時系列の数式で近似モデリングし,コオロギの存在密度が高中低,それぞれの環境下でシミュレーションを行った.その結果,密度の違いによって,行動選択の違いも出てくるという結果がでることが示された。
最終日には,「賢さセッション」と称して,人間の社会的知能の側面について参加者全員でのフリーディスカッションが行われた.研究対象としての「社会的知能」をどのようにとらえるか,「社会的知能」を論じるための方法論,「社会的知能」の展望としてどのような分野への貢献が可能であるか,という三つのテーマに絞って議論を行い,社会システムを支援するロボティクス技術から社会的環境の中で言語を獲得する能力,集団で適応する能力の解明などに関して様々な意見交換を行った。
報告者 稲邑哲也(国立情報学研究所)

